歴史コラム

【虫歯の歴史】日本人は縄文時代から虫歯に悩まされていた!?

近年は研究が進み、虫歯や歯周病が身体全体に及ぼす影響がされつつあり、歯の健康=身体の健康と言われています。

健康志向と言われている昨今、健康に気を使っている人は多いと聞いています。皆さん、【】の健康はいかがでしょうか?ついつい痛みが出てきてから歯医者に行ってはいないでしょうか?※それは私です…

今でこそ、歯科技術もおおいに進歩しましたが、昔の歯科治療はとても過酷を極めていました。それこそ、命の危険があり、麻酔もない時代ですからしらふで歯を抜くこともありました。

そこで、今回は虫歯の歴史について書いてきますが、決して歯科医師の回し者ではないのでよろしくお願い致します。

 

虫歯の原因はミュータンス菌による【酸】

私が幼い頃、虫歯の菌がツルハシで歯を削る場面を絵本などで見たことがあります。あの悪魔のような菌の名前は、ミュータンス菌と呼ばれていました。

もちろん、絵本のようにツルハシで歯に穴を開けるわけではありませんが、幼い私には、とても怖いものだとかんじました。

私達が虫歯になるのは、ミュータンス菌によって作り出される、が原因です。

この菌は、食品の中の糖質を原料とし酸をつくりだし、私たちの歯をとかします。これをう蝕と呼ばれ、その溶けた歯をう歯(虫歯)といいます。

ミュータンス菌による酸で歯の表面が少し溶けた程度では、自然治癒も望めますが、象牙質まで侵攻すると痛みがでます。

そして、歯髄まで到達しすると炎症を起こし、さらに放置すると歯が抜け落ちてしまいます。さすがに私たちは、痛みが出た時点で歯医者に行く事が多いので歯が抜けるまで放置と言う事は少ないと思いますが。

 

虫歯が解明されたのは1883年

ミュータンス菌による酸が原因で、虫歯になると言うメカニズムが解明されたのは、1883年ミラーが、歯についた食べかすに虫歯菌が作用して醗酵し酸が作られ歯の表面を溶かすという化学細菌説を発表しました。

この事実が判明するまで虫歯の原因は、歯の中の虫だと本気で思われていました。

古から西洋や中国では、口を燻して歯虫を殺すと言うか治療法が行われていました。歯を磨く習慣や歯肉炎、歯周病の原因となる歯石をとる治療は昔から行われていまいた。

さらに古い時代で虫歯になった場合には、祈祷師などがまじないや麻酔効果のある植物を利用していたそうです。それでも手に負えなくなった場合には【抜歯】となりますが、現在のような歯科医もいなければ麻酔もない時代でした。

そこで当時の人がお世話になるのが、【抜歯屋】で、入れ歯を作る職人が行う事もあれば、理髪店が抜歯を兼任する事もありました。また、西洋・東洋問わず抜歯は見世物的な意味合いが強く、道端で大道芸人が抜歯されているのもシバシバ。

現代から考えるとぞっとします。

 

古代の虫歯事情

人類が虫歯と出会うのは、縄文時代くらいになってからでした。

なんとその前の旧石器時代などは、虫歯が存在しなかったと言われています。

その頃の調理方法としては、焼くくらいでほどんど硬い物しか口にしなかった時代で、硬いものを食べるには、必然的に【噛む】事になるので、唾液の分泌を促します。構内の細菌を洗浄する役目のある唾液が多い事が口内の【】を中和するのだと考えられます。

時代が進むにつれ【煮る】【炊く】の調理方法が確立されると、食べ物が柔らかくなり噛む回数も必然的に減り縄文時代には4000回、戦前には1500回、なんと現代人は600回にまで減っていきました。

柔らかい食べ物と言うのは、歯にこびりつきやすく虫歯や歯周病の原因となる歯垢(プラーク)が生じます。

 

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古代の食生活と虫歯事情

酸の原料が、糖質なので、とにかくそれを取らなけば虫歯にはなりません。

よって、野生動物のほとんどは虫歯が無いと言われています。果物を良く食べる動物は虫歯になる事があるみたいです。

人類も、狩猟生活をしていた頃は虫歯が少なかった様ですが、農耕、採取生活が始まった縄文時代から、7倍くらいに増えていきます。これは、炭水化物であるドングリや栗を摂取する食生活に変わった為と考えるられています。

それを裏付けるように、ドングリや栗が無かった北海道の縄文人の虫歯率が本州の4分の一で旧石器時代と同等とされています。

 

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稲作がはじまると虫歯がさらに倍に!

弥生時代に稲作が始まると、虫歯率が縄文時代の倍となりました。

世界的にみても、稲作文化がダントツの虫歯率で、西洋の3から4%に対し、東アジアでは18%程あったようです。そんな西洋でも、西暦1000年頃にサトウキビが流通すると一気に25%の虫歯率に増えた時期もありました。

とはいうものの、日本は西洋に1000年先取して虫歯を経験していた事になります。

 

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世界の偉人も虫歯に悩ませられていた!?

ホワイトニングや矯正・虫歯など現代でも歯に関する悩みは尽きませんが、歴史上の人物たちも様々な悩みを持っていました。

イギリスの女王エリザベス1世は、歯痛に苦しみながらも歯を抜く勇気が出なかったそうです。そこで、牧師と宮廷歯科医師が呼ばれ、女王の目の前で牧師が歯を抜かれました。その姿を見せる事により女王を説得させたと言います。

また、フランスのルイ14世はひどい虫歯で、抜歯の際は鼻まで貫通した手術だった言われています。ほかのヨーロッパ各国の権力者も歯痛のためいつも苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたようで、歯痛によるストレスで凶器に満ちた政治を行ったとも考えられています。

あの歯痛のストレスを常に感じているのならわからない話でもありません。現代にみたいに、治るわけではないのですから…

アメリカの初代大統領・ワシントンも28歳から入れ歯を愛用しており、ドル紙幣の顔がしかめっ面なのは、口を閉じ含み綿をしているからだそうです。

源頼朝の死因は歯周病かもしれない!?

1185年、壇ノ浦の戦いで平家が滅亡し、征夷大将軍に任ぜられ、独裁権力を握った源頼朝。その後、順調に官僚による統治システムを進めますが、1198年12月27日、相模川で催された橋供養からの帰路、落馬して体調を崩し、翌年1月13日に死去しました。

その死因も諸説ではありますが、歯周病が起因の物ではないかと言われています。

史料には頼朝の健康に関する記載はほとんどありませんが、死去4年前に唯一、歯の病に苦しんでいたと記載があります。

もしそれが事実ならば、常にストレスに曝され、むし歯や歯周病を悪化させていったことも考えられます。口腔内の衛生状態を良好に保てないことにより、細菌が気管から肺へと吸引され肺炎の発症に至ったのではないかと考えられます。

 

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江戸のスイーツ将軍・徳川家茂

大の甘党将軍として有名な、徳川家茂。昭和33年に家茂の遺骨調査を行ったところ、虫歯の形跡が酷く、残っている31本の歯の内、30本が侵されていたそうです。

ペリー来航に始まる開国と攘夷の戦いや2回の長州征伐などの極めて難しい政局であったこの時代、ストレスを避けるために、若い将軍は甘党となったと思われます。その糖分を代謝するためにビタミンB1が不足し、脚気に悩まされたとされています。

ちなみに、政略結婚で嫁いできた和宮も、1877年に夫と同じ脚気衝心のため療養先の箱根塔ノ沢にて32歳で死去しました。

 

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日本は虫歯大国

ちなみに現代でも日本は虫歯大国です。

日本で歯科が登場するのは、701年と以外にも早目です。このブログを見ている人ならピンと来た人も多いと思いますが、大宝律令が制定された年でもあります。

日本で初めて、成立した本格的な法令で、その中で医疾令の一部に耳目口歯として歯科の概念が登場しました。当時は、顔の器官全てが一括りになっており、900年頃の内容には朝、夕方に歯を磨くと虫歯にならないよ的な予防手段も書かれていたそうです。

 

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現代でも、日本は欧米諸国に抜きんでて虫歯が多い国です。

日本人は、欧米諸国と比べ砂糖の消費量は三分の一です。歯を磨く回数も一日に一回以上は95%、二回以上は75%以上と世界的に見ても立派な数字です。それではなぜ虫歯が多いのかと言うと、他の国に比べ歯医者へ定期メンテナンスを受ける習慣が極めて少ないのが挙げられます。

これは歯科事情と関係があり、歯1本あたり数千円で虫歯治療が受けられます日本ですが、アメリカやイギリスでは10万円前後と高額な治療費がかかってしまうため、できるだけ虫歯にならないよう、定期的メンテナンスで歯科を受診することが習慣付いているようです。

このように日本で歯科のメンテナンスが習慣付かないのは、治療費が安いので虫歯になってから治療すればいい、といった考え方が根底にあるからだと思われます。これには目からうろこで、最近まで歯医者は虫歯になってから行くものだと思っていました…

 

入れ歯の最先端、日本

日本で現存する最古の入れ歯が、1538年に亡くなった仏姫と呼ばれた尼僧の入れ歯です。

黄楊(つげ)で出来た入れ歯は、奥歯にすり減った跡がある事から、実際に使用されていたことが考えられています。

もともとは、仏師が片手間に作っていたようですが、安土・桃山時代以降は仏像の注文が少なくなり、彼らの中には義歯を主体に作り始める人も出てきました。

 

ここは物作り大国日本で、原料が違えど現代の入れ歯に近い物をつくっていました。

【ロウで型を取り】

【ツゲの木を削って土台を作り】

【前歯には人間の歯を糸で台にくくり付け】

【奥歯は金属の釘を使用しよく噛めるように】

と、本格的なものになります。

徳川家康も晩年は入れ歯を使用していた記録が残っており、南総里見八犬伝で知られる滝沢馬琴の『馬琴日記』にも入れ歯の記述が残されております。馬琴本人も57歳で総入れ歯になったそうです。

 

一方で西洋では、19世紀になってからようやく実用的な物が誕生し、それまでは、飾り的要素が強く、骨や象牙でできており、噛めない、臭いで大変だったようです。

では、虫歯で歯を失った西洋人はどうやって食事をしていたのでしょうか?

貴族階級のお話ですが、自力で食物を噛めなくなった場合はペンチのような形をした肉粉砕器で肉を潰し、食事をしていたと記録されています。

 

 

西洋で現在のように実用可能な総入れ歯が考案されたのは19世紀。入れ歯分野でも日本は200年時代を先取りしていました。あまりうれしい事ではないですが、やはり縄文・弥生時代から付き合いが長かったのが功を奏したんでしょうか。

この記事を書いていると、なんだか歯を磨きたくなりました。

また、ダラダラと甘いものを食べると虫歯になりやすいので間食を抑えることも大切とも言われていますが、私には難しいかもしれません…

 

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歴ブロ
歴史好きが高じて日本史・世界史を社会人になってから始めました。 文章メインのmiumagaとイラストメインの歴ぶろで運営しています。史実を調べるだけじゃなく、漫画・ゲーム・小説も楽しんでます。いつか歴史能力検定を受けたい。どうぞよろしくお願いします。