色々な歴史

元号の歴史

 

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今更感もありますが、今年はいよいよ改元…ということで、これまでの元号を振り返っていきます。

元号とは?

元号は年号と言われることもある『特定の年代につけられる称号』のこと。

日本をはじめアジアで複数の国で使われていましたが、現在でも使用しているのは日本だけだそうです。

そんな元号の大本を辿れば古代中国に行き着きます。前漢の武帝が治めていた紀元前115年頃から使われはじめるようになったとか。

他の文化と同様に元号も例に漏れず古代中国から周辺諸国に伝わり、日本でも645年の大化の改新をきっかけに使われ始めたと言われています(日本書紀の記述から)

『大化』から始まって今現在の『平成』に変わるまで247回も改元が行われてきていますが、その改元の理由は『国家の繁栄と民の平安を願うため』。

改元が行われる理由は主に4つ。

  • 新天皇の即位が理由の改元
  • 縁起の良い出来事を理由とする改元
  • 異常気象や災害など凶事の影響を断つための改元
  • 辛酉大きな社会変革が起きるとされていると甲子の年徳を備えた人による変乱の多いとされる年の改元

その中でも飢饉や地震・火災といった災害が群を抜いて多いので、(例外の時期はありますが)改元の頻度を見ると当時の社会の安定度が見えてくるかと思います。

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元号一覧

飛鳥時代の元号【645~715年】

元号読み西暦年数
大化たいか645-650 6年
白雉はくち650-654 5年
654-68632年
朱鳥しゅちょうなど686.8-102ヶ月
686-70115年
大宝たいほうなど701‐704 4年
慶運けいうんなど704‐708 5年
和銅わどう708‐715 8年

まだ元号を始めたばかりとあって定着していませんね。大陸文化を重視した時期とそうじゃない時期、当時の天皇の求心力の有無など様々な要素が絡んでくると思うので、調べてみるのも面白そうです。

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奈良時代の元号【715~806年】

元号読み西暦年数
霊亀れいき715-717 3年
養老ようろう717-724 8年
神亀じんき724-729 6年
天平てんぴょう729‐74921年
天平感宝てんぴょうかんぽう749.5‐83ヶ月
天平勝宝てんぴょうしょうほう749‐757 9年
天平宝字てんぴょうほうじ757‐765 9年
天平神護てんぴょうじんご765‐767 3年
神護景雲じんごけいうん767‐770 4年
宝亀ほうき770‐78112年
天応てんおうほか781‐782 2年
延暦えんりゃく782‐80625年

日本で元号が始まって以来、且つ奈良時代以降の元号は2文字。天平感宝から神護景雲までの4文字の元号は非常に珍しいものです。

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平安時代の元号【806~1185年】

元号読み西暦年数
大同だいどう  806‐810 5年
弘仁こうにん  810-82415年
天長てんちょう  824‐83411年
承和じょうわなど   834‐84815年
嘉祥かしょうなど  848‐851 4年
仁寿にんじゅ  851‐854 4年
斉衡さいこう  854‐857 4年
天安てんあんなど  857-859 3年
貞観じょうがん  859‐87719年
元慶がんぎょう  877‐885 9年
仁和にんななど   885-889 5年
寛平かんぴょうなど  889‐89810年
昌泰しょうたい  898‐901 4年
延喜えんぎ  901-92323年
延長えんちょう  923‐931 9年
承平じょうへいなど  931‐938 8年
天慶てんぎょうなど  938‐94710年
天暦てんりゃく  947‐95711年
天徳てんとく  957‐961 5年
応和おうわ  961‐964 4年
康保こうほう  964‐968 5年
安和あんわなど  968‐970 3年
天禄てんろく  970‐974 4年
天延てんえん  974‐976 4年
貞元じょうげん  976‐978 3年
天元てんげん  978‐983 6年
永観えいかん  983‐985 3年
寛和かんななど  985‐987 3年
永延えいえん  987‐989 3年
永祚えいそ  989‐990 2年
正暦しょうりゃく  990‐995 6年
長徳ちょうとく  995‐999 5年
長保ちょうほう 999-1004 6年
寛弘かんこう1004‐1013 9年
長和ちょうわ1013‐1017 6年
寛仁かんにん1017‐1021 5年
治安じあん1021‐1024 4年
万寿まんじゅ1024‐1028 5年
長元ちょうげん1028‐103710年
長暦ちょうりゃく1037‐1040 4年
長久ちょうきゅう1040‐1044 5年
寛徳かんとく1044‐1046 3年
永承えいしょうなど1046‐1053 8年
天喜てんきなど1053‐1058 6年
康平こうへい1058‐1065 8年
治暦じりゃく1065‐1069 5年
延久えんきゅう1069‐1074 6年
承保じょうほうなど1074‐1077 4年
承暦じょうりゃくなど1077‐1081 5年
永保えいほう1081‐1084 4年
応徳おうとく1084‐1087 4年
寛治かんじ1087‐1095 8年
嘉保かほう1095‐1097 3年
永長えいちょう1097‐1097 2年
承徳じょうとくなど1097‐1099 3年
康和こうわ1099‐1104 6年
長治ちょうじ1104‐1106 3年
嘉承かしょうなど1106‐1108 3年
天仁てんにん1108‐1110 3年
天永てんえい1110‐1113 4年
永久えいきゅう1113‐1118 6年
元永げんえい1118‐1120 3年
保安ほうあん1120‐1124 5年
天治てんじ1124‐1126 3年
大治だいじ1126‐1131 6年
天承てんしょう1131‐1132 2年
長承ちょうしょう1132‐1135 4年
保延ほうえん1135‐1141 7年
永治えいじ1141‐1142約1年
康治こうじ1142‐1144 3年
天養てんよう1144‐1145 2年
久安きゅうあん1145‐1151 7年
仁平にんぺいなど1151‐1154 4年
久寿きゅうじゅ1154‐1156 3年
保元ほうげん1156‐1159 4年
平治へいじ1159‐1160 2年
永暦えいりゃく1160‐1161 2年
応保おうほうなど1161‐1163 3年
長寛ちょうかん1163‐1165 3年
永万えいまん1165‐1166 2年
仁安にんあん1166‐1169 4年
嘉応かおう1169‐1171 3年
承安しょうあん1171‐1175 5年
安元あんげん1175‐1177 3年
治承じしょう1177‐1181 5年
養和ようわ1181‐1182 2年
寿永じゅえい1182‐1184 3年
元暦げんりゃく1184‐1185 2年

平安時代は災害が頻発した時代でもあります。改元の理由が全て災いによるものではありませんが、確実に平安時代の度重なる改元は自然災害が影響しています。平安時代だけで全88の元号が付けられています。

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鎌倉時代の元号【1185~1333年】

元号読み西暦年数
文治ぶんじ1185‐1190 6年
建久けんきゅう1190‐119910年
正治しょうじ1199‐1201 3年
建仁けんにん1201‐1204 4年
元久げんきゅう1204‐1206 3年
建永けんえい1206‐1207 2年
承元じょうげん1207‐1211 5年
建暦けんりゃく1211‐1214 3年
建保けんぽう1214‐1219 7年
承久じょうきゅう1219‐1222 4年
貞応じょうおう1222‐1224 3年
元仁げんにん1224‐1225 2年
嘉禄かろく1225‐1228 3年
安貞あんてい1228‐1229 3年
寛喜かんき1229-1232 4年
貞永じょうえい1232‐1233 2年
天福てんぷく1233‐1234 2年
文暦ぶんりゃく1234‐1235 2年
嘉禎かてい1235‐1238 4年
暦仁りゃくにん1238‐1239 2年
延応えんおう1239‐1240 2年
仁治にんじ1240‐1243 4年
寛元かんげん1243‐1247 5年
宝治ほうじ1247‐1249 3年
建長けんちょう1249‐1256 8年
康元こうげん1256‐1257 2年
正嘉しょうか1257‐1259 3年
正元しょうげん1259‐1260 2年
文応ぶんおう1260‐1261 2年
弘長こうちょう1261‐1264 4年
文永ぶんえい1264‐127512年
建治けんじ1275‐1278 4年
弘安こうあん1278‐128811年
正応しょうおう1288‐1293 6年
永仁えいにん1293‐1299 7年
正安しょうあん1299‐1302 4年
乾元けんげん1302‐1303 2年
嘉元かげん1303‐1307 4年
徳治とくじ1307‐1308 3年
延慶えんきょう1308‐1311 4年
応長おうちょう1311‐1312 2年
正和しょうわ1312‐1317 6年
文保ぶんぽう1317‐1319 3年
元応げんおう1319‐1321 3年
元亨げんこう1321‐1324 4年
正中しょうちゅう1324‐1326 3年
嘉暦かりゃく1326‐1329 4年
元徳げんとく1329‐
大覚寺統:1331
持明院統:1332
大覚寺統:3年
持明院統:4年

鎌倉時代後半から両統迭立のため皇位が分裂状態に。この時代は徐々に改元でも武家の意向が入るようになっていますが、改元の主導権は朝廷が持っています。

改元と朝廷は切っても切れない関係のため、朝廷が二つある時代(建武の新政~南北朝)には二つの元号がある特殊な時代に突入することになります。

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建武の新政時期【1333~1336年】

大覚寺統持明院統
元号読み西暦年数元号読み西暦年数
元弘げんこう1331‐1334 4年正慶しょうきょうなど1332‐1333 2年
建武けんむ1334‐1336 3年約1年
建武けんむ1334‐1338 5年

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南北朝・室町時代

 【南北朝:1336~1392年 室町:1336~1573年】

南朝(大覚寺統)北朝(持明院統)
元号読み西暦年数元号読み西暦年数
延元えんげん1336‐1340 5年
暦応りゃくおうなど1338-1342 5年
興国こうこく1340‐1347 7年
康永こうえい1342‐1345 4年
貞和じょうわなど1345‐1350 6年
正平しょうへい1347‐137025年
観応かんおうなど1350‐1352 3年
文和ぶんななど1352‐1356 5年
延文えんぶん1356‐1361 6年
康安こうあん1361‐1362 2年
貞治じょうじ1362‐1368 7年
応安おうあん1368‐1375 8年
建徳けんとく1370‐1372 3年
永和えいわ1375‐1379 5年
文中ぶんちゅう1372‐1375 4年
天授てんじゅ1375‐1381 7年
康暦こうりゃく1379‐1381 3年
弘和こうわ1381‐1384 4年永徳えいとく1381‐1384 4年
元中げんちゅう1384‐1392 9年至徳しとく1384‐1387 4年
嘉慶かきょうなど1387‐1389 3年
康応こうおう1389‐1390 2年
明徳めいとく1390‐1394 5年
統一後
元号読み西暦年数
応永おうえい1394‐142835年
正長しょうちょう1428‐1429 2年
永享えいきょう1429‐144113年
嘉吉かきつ1441‐1444 4年
文安ぶんあん1444‐1449 6年
宝徳ほうとく1449‐1452 4年
享徳きょうとく1452‐1455 4年
康正こうしょう1455‐1457 3年
長禄ちょうろく1457‐1461 4年
寛正かんしょう1461‐1466 7年
文正ぶんしょう1466‐1467 2年

この年表から分かることと言えば...

北朝の改元が頻発しているのに対して、南朝は非常に長期間の元号を使用している期間があることが分かります。途中で南朝が優位に立ち、北朝を追い込んだ時期(1352年、正平一統)と一致。結局、北朝支持の室町幕府が国内を掌握するにつれ南朝が不利になっていくからか、正平以降は南朝もそれなりに改元されるように。

更に言うと、1392年の南朝と北朝(実際には室町幕府)の間で「両統迭立(君主の家系が二つに分かれ、それぞれの家系から交代で即位する)で朝廷が二つある状況を解消させよう」という和議が結ばれましたが、北朝は和議の後も『明徳』の元号を使用し続けます。

これは「自分たちの方が優位なのに両統迭立なんて!」ということを意味しており、実際に和議を反故にして北朝から連続で天皇を立てています。当然南朝はこれに反発して朝廷や幕府に対して抵抗を続けます(当然です)

応仁の乱まで反幕勢力も絡んで断続的な抵抗があったということですから幕府と北朝にとって頭の痛い問題だったのでしょう。統一後の改元は理由が不明のものも多いですが、改元が頻発した一因に抵抗を続けた南朝(後南朝と言われます)の影響もあったのでは?と個人的には考えています。戦国時代に移行する遠因にもなったのではないでしょうか。

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戦国時代【1467~1590年】

元号読み西暦年数
応仁おうにん1467‐1469 3年
文明ぶんめい1469‐148719年
長享ちょうきょう1487‐1489 3年
延徳えんとく1489‐1492 4年
明応めいおう1492-150110年
文亀ぶんき1501‐1504 4年
永正えいしょう1504‐152118年
大永だいえい1521‐1528 8年
享禄きょうろく1528‐1532 5年
天文てんぶん1532‐155524年
弘治こうじ1555‐1558 4年
永禄えいろく1558‐157013年
元亀げんき1570‐1573 4年

社会の安定度が分かる指標にもなる改元ですが、戦国時代は戦乱続きにも拘らず長い期間同じ元号を使っている場合があります。この時代に限っては朝廷・幕府といった改元に関わる機関の余裕が殆どなかったために長期間同じ年号となっているのです。

永正や天文を調べてもらえると分かりますが、それぞれの時期に起きた出来事がほぼ戦いにまつわるものや何らかの諍い(人質に取ったり取られたり)です。改元には儀式やら何やらで時間も費用も掛かりますから、こういった元号が変わらない状況を見るだけでも朝廷や幕府の窮状が想像できますね。

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安土桃山時代【1573~1603年】

元号読み西暦年数
天正てんしょう1573‐159320年
文禄ぶんろく1593‐1596 5年
慶長けいちょう1596‐161520年

戦国時代と違い、天下人(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)が出てきたことで安土桃山時代の移行期『天正』への改元以外は戦乱が理由のものはありません。ようやく落ち着いてきたのが分かります。

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江戸時代【1603~1868年】

元号読み西暦年数
元和げんな1615‐162410年
寛永かんえい1624‐164521年
正保しょうほう1645‐1648 5年
慶安けいあん1648‐1652 5年
承応じょうおう1652‐1655 4年
明暦めいれき1655‐1658 4年
万治まんじ1658‐1661 4年
寛文かんぶん1661‐167313年
延宝えんぽう1673‐1681 9年
天和てんな1681‐1684 4年
貞享じょうきょう1684‐1688 5年
元禄げんろく1688‐170417年
宝永ほうえい1704‐1711 8年
正徳しょうとく1711‐1716 6年
享保きょうほう1716‐173621年
元文げんぶん1736‐1741 6年
寛保かんぽう1741‐1744 4年
延享えんきょう1744‐1748 5年
寛延かんえん1748‐1751 4年
宝暦ほうれき1751‐176414年
明和めいわ1764‐1772 9年
安永あんえい1772‐178110年
天明てんめい1781‐1789 9年
寛政かんせい1789‐180113年
享和きょうわ1801‐1804 4年
文化ぶんか1804‐181815年
文政ぶんせい1818‐183113年
天保てんぽう1831‐184515年
弘化こうか1845‐1848 5年
嘉永かえい1848‐1855 7年
安政あんせい1855‐1860 7年
万延まんえん1860‐1861 2年
文久ぶんきゅう1861‐1864 4年
元治げんじ1864‐1865 2年
慶応けいおう1865‐1868 4年

10年以上どころか20年以上の元号もあり、流石の安定度です。平安に近い長さ政権を取っていたにも拘わらず35回の改元に留まっています(平安は88回)

とは言え、やはり幕末が始まった1853年以降、改元の頻度は高くなっているのが分かりますね。黒船来航も『災害』と捉えられていたようです。

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明治以降【1868年~】

元号読み西暦年数
明治めいじ1868‐191245年
大正たいしょう1912‐192615年
昭和しょうわ1926‐198964年
平成へいせい1989‐201931年

一世一元(天皇の代替わりごとに改元)の原則となり、どの時代も非常に長くなっているのが分かります。

新元号予想の最多は『平和』だそうですが、平成と『H』かぶりなので、恐らくないだろうと思ってますが、いかがでしょうか??

よく使われている漢字を参考に予測してみるのも面白いですね。

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ABOUT ME
miumaga
歴史好きが高じて、日本史・世界史を社会人になってから始めました。史実を調べるのも好きですが、漫画・ゲーム・小説も楽しんでます。いずれ歴史能力検定を受ける予定。どうぞよろしくお願いします。