世界史

春秋戦国時代と秦による統一

殷が滅び、周が誕生してしばらく経つと周にもまた歪みが生まれ始めます。その歪みから春秋戦国時代に突入、長い戦乱と混乱の時代を経て、最終的に秦による統一がなされるまでの流れを今回はまとめていきます。

中国史が好きな人は春秋戦国時代か三国時代に二分するくらい人気の時代でもあります。「キングダム」も春秋戦国時代のお話ですしね。キングダム以外にも「達人伝」「ビン~孫子異伝~」など、この時代を舞台にした漫画や小説もあるので探してみるのも面白いと思います。

 

春秋時代の周の立ち位置は?

春秋時代は多くの諸侯が立ち上がった時代です。諸侯と周の関係をちょっとだけ復習してから周がどうなったのか見ていこうと思います。

周王室と諸侯の関係

中国文明と初期王朝の誕生』でも載せましたが、周王朝は周王室の下に都市国家(邑)のトップである諸侯がつき、王室から分邑してもらう代わりに貢納・軍役の義務を負いました。

周の政治体制

 

※社とは・・・

中国で,ある神格的シンボル中核として団結した集合体をさす。「社」という語は,大地の生産力を神格化したものを意味しているが,実際には,その土地に生えている大木や石をシンボルとして設定した。

コトバンクより

 

当初はこのような形で上手くやっていってたのですが、4代目の時の外征の失敗以降、少しずつ衰退していきます。決定的となったのが12代・幽王の代でした。

 

幽王がしたこととは・・・?

周の幽王と褒姒のマンガ

※手違いではなく、幽王が重用した佞臣(←媚びへつらうのが上手い臣下のこと)がわざと烽火を上げさせたとも言われています

まんま中国版オオカミ少年です。

更に幽王はやらかします。褒姒を愛するあまり当時のお后様(申后)と太子である息子を廃し、褒姒とその息子を后と太子にしたのです。

これに激怒したのが申后のお父さん。異民族の犬戎(けんじゅう、中国西部の遊牧民族)と手を組んで幽王率いる周に攻め込みました【申侯の乱】(前771年)。

何度も烽火を上げていたため救援は来ず、幽王は殺されてしまいます。

 

東周の成立

異民族の侵攻によって鎬京(こうけい)は荒れ果て首都を東の洛邑(今の洛陽)へ移転。洛邑には申后の息子・平王が立てられました。ここに東周が成立します。

西周と東周の範囲イメージ

平王が立ったことに反対する者達によって西には幽王の後継者が立てられ対立。結果的に平王が勝利しましたが、その後(東)周の衰退は加速していきます。

 

春秋時代の特徴とは?

衰退した東周ですが権威だけは存続しており、諸侯たちは異民族を排除するという名目で尊王攘夷をかかげて其々勢力拡大をしていきます。

このように周の権威がかろうじてある状態で戦乱が多く発生した時代を春秋時代と呼んでいます。

春秋時代の地図

最初の頃は200余りの諸侯が争う大混戦の時代でしたが、やがて春秋五覇と呼ばれる有力諸侯の覇者が台頭するようになっていきました。

  • 斉 : 桓公  ← 宰相の管仲が有名
  • 晋 : 文公
  • 楚 : 荘王
  • 越 : 勾践
  • 呉 : 夫差

他に秦の穆公や宋の蘘公などを入れることもあり

※周の建国にも携った軍師・太公望が封土した国が「斉」だったり、親戚が貰い受けた国が「晋」だったりします。こちらも『中国文明と初期王朝の誕生』にもチラッと書いてます。

東周は春秋時代でいくつもの国が成立したうちの一つの国でしかなくなっていったのです。

 

戦乱が続くと国内でどんなことが起こるのか?

春秋・戦国時代どちらにも言えることですが、長期的に似たような国力の国が複数存在しているような状況では他の国に出し抜かれないように

  • 食糧不足に陥らないよう農産業を振興
  • 財政基盤の拡張と安定化
  • 技術開発
  • 強い国にするためのアドバイザーを招く

などを積極的に行うようになります。

 

春秋戦国時代に生き残った国がやったこととは?

春秋以前の農業では青銅器製の農具を使用していましたが、青銅器製は折れたり欠けたりしやすく実用性にかけていました。

それを鉄製に変えることで一気に生産性が向上します。余剰生産物が出来て余裕ができると手工芸も発展。その際、商品の売買で使われるようになったのが貨幣です。青銅製の農具が使われなくなった代わりに青銅製の貨幣が作られるようになっていきました。貨幣でのやり取りが増えると、ますます商品や貨幣の流通が増えて人が集まります。経済が拡大すれば、それだけ軍事力も強化することができたのです。

春秋戦国時代の社会変化

こうして経済が発展し富国強兵政策が採られ、小国がどんどん吸収されるようになりました。

 

君主たちのアドバイザー(諸子百家)とは?

他国に負けない国、より良い国を作ろうと諸国の王はこぞってアドバイスを諸子百家と呼ばれる思想家に求めるようになります。

学派主要人物著作等
儒家孔子『論語』『春秋』
孟子『孟子』
荀子『荀子』
道家老子『道徳教』(『老子』)
荘子『荘子』
墨家墨子『墨子』
法家商鞅『商君書』
韓非『韓非子』
李斯 
兵家孫子(孫武)
呉氏
『孫子』
『呉子』

他の学派もありますが、代表的なものを上げてみると上の表のような学派に分かれます。

儒家

孔子の思想を元とする学派で、家族愛と道徳を説いた他、国家の統治には法ではなく人々の礼や思いやりの心が大切とした

法家

目に見えない概念で人々を律する儒家に否定的な立場を取り、厳格に定められた法による統治が国家を安定させるという法治主義を説いた

墨家

戦国時代に儒家と双璧をなすほど人気な学派だったが、儒学がいう愛が血縁関係に限られることから儒学の思想に疑問を呈した

道家

万物の根源は道にあり、礼や道徳を排し人が介さない『無為自然』の思想を説いた

 

この時代の思想は、後世、中国国内だけでなくアジア諸国でも大きく影響を与え続けていきます。

 

戦国時代の始まり

ある程度大きな国が出てくるようになった頃、大きな変化が訪れます。

中国の歴史的な要地・中原にあった勢力・晋が前403年に韓・魏・趙という3つの国に分裂したのです。この時に晋のトップをひっくり返したのは諸侯の下についていた卿大夫の層の者達でした。

晋が三つに分かれた頃から下の者が上の者を討ちトップに立つ、いわゆる下克上の風潮が広がっていきます。この下剋上の風潮が広がったうえで戦乱が始まった時代を戦国時代と呼んでいます。

 

諸侯と王くらいの関係だと王の権威も届きやすいですが、下に行けば行くほど権威が届きにくくなるのも、「成り上がってやろう」という意識の者が権威を尊重しない傾向があるのも何となく想像できるかと思います。

そんなわけで春秋時代とは異なり、戦国時代に入ると周の権威が通用しなくなります。こうなると直接「天下を狙ってやろう」とする人たちが出て周を潰そうとする国が出てきてもおかしくはありません。実際に春秋時代よりもますます周は存在感を低下させていきました。

wikipedia(戦国時代(中国))より改変

 

結局、戦国時代に大きく勢力を伸ばしたのは戦国の七雄と呼ばれる七つの強国でした。互いに同盟を結びながらも入り乱れて争っていきます。

 

秦の統一

最終的に500年近く続いた戦乱の時代を収めたのは、西方に位置する積極的な制度改革と人材登用で頭角を現したでした。

中国の西方では騎馬の入手が容易で、かつ法家の思想から「法による統治」を重視したこと、貨幣をに流通しやすい形のもの(円銭)を使用していたことなどが強大化の要因となりました。

 

中国初の統一王朝の成立

紀元前221年、秦王の政という人物が他の戦国の七雄たちが率いる六カ国を滅ぼして中国史上初の統一国家を建国します。

秦は建国すると、すぐに

  • 間接支配 → 直接支配の中央集権国家へ
    王が諸侯を、諸侯が邑(都市国家のようなもの)を統治するような間接的な統治方法を用いて支配していましたが、秦では中央から郡県に官僚を派遣して統治する形(郡県制)に変化
  • 行政・軍事・監察の分立
  • 各地でバラバラだった貨幣・文字・度量衡などを統一
    • 貨幣:半両銭
    • 文字:篆書
    • 度量衡:鉄等で作られた標準器を各地に配布
    • 車軌の統一(交通網の整備)
    • 暦の統一
  • 万里の長城
    北方民族から身を守る目的で作っていた戦国諸国独自の長城を繋ぎ合わせた
  • 思想弾圧【梵書・坑儒】
    法家の思想を取り入れて李斯を丞相に任命する一方、儒家を弾圧。

※度=長さ、量=容積、衡=重さのこと

これらの改革を執り行いました。ところが、急な社会の変化には多くの負担が伴います。長城や道路の建設では多くの人手と多くの資金が必要で、こういった人手や資金は民衆から取りたてていきました。そのため、旧支配層や負担を強いられる民衆らからの反発を招き、秦に征服された6カ国では不満が募ります。

結果、秦の始皇帝の死後まもなく各地で反乱が起こり、統一後15年で滅亡。再度戦乱の時代を迎えることとなったのです。

あまりにも早い国の滅亡ではありましたが、非常に素晴らしい政治体制や社会体制を築いたことも事実で秦の体制は次代の前漢に確実に受け継がれていきました。

 

 

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歴ブロ
歴史好きが高じて日本史・世界史を社会人になってから始めました。 文章メインのmiumagaとイラストメインの歴ぶろで運営しています。史実を調べるだけじゃなく、漫画・ゲーム・小説も楽しんでます。いつか歴史能力検定を受けたい。どうぞよろしくお願いします。