箪笥(タンス)の歴史は江戸の火事にあった!?
最近では和箪笥の姿がすっかり見なくなり、チェストと呼ばれる洋風なタンスが幅を利かせるようになりました。海外では【TANSU】と呼ばれるほど和箪笥が人気で、特に江戸時代から明治、大正、昭和初期までに作られた【時代箪笥】と呼ばれるアンティーク物は高い人気を集めているそうです。
今日は、そんな箪笥について書いてみたいと思います。
箪笥の誕生は以外にも江戸時代
和箪笥の歴史は意外に浅く、江戸時代になってから誕生しました。
それ以前は、いろいろな収納を使っていました。
葛籠
なんて読むかわかりますか??
【つづら】と読みます。
昔話のしたきりすずめで正直なおじいさんがスズメにもらったのがつづらです。
現在では、ほとんどお目にかかることはありませんが、かつては収納の代表格として君臨していました。
行李(こうり)
葛籠の一種で江戸時代に広く普及したものです。旅人が荷物を入れたり、飛脚が郵便物を入れたりなど、昭和初期まで現役で使われていました。
唐櫃(からびつ)
上記のような足がついている収納箱で、現存するものでは奈良時代に使われていたものがあり、中国から日本に伝わったとされています。櫃というのは、蓋つきの収納具で現在でもある米びつは【米を入れる蓋つきの収納】という意味です。
衣桁(いこう)
現在でもつかわれていいる、着物をかけておく鳥居のような形をしている家具です。
室町以前は、御衣懸(みぞかけ)や衣架(いか)などと呼ばれていました。
美しい着物をかけることによって、室内の内装としての役割もあったようです。
長持(ながもち)
主に武家が使用していたとされており、衣類や寝具などを収納する大型の櫃です。
上記の写真のように、長い棒を通す金具があり、持ち運ぶことができました。江戸時代の参勤交代での移動の際にも使用されていました。サイズも大きいことから、物をいれるとかなりの重さになることから、底に車輪を付けた長持車という物も誕生しました。
持ち運びが便利な長持車は江戸の町で大人気になりました。特に火事の多かった江戸では、一家の財産を長持車に入れておけば、有事の際に持ち出せると重宝しました。
しかし、この長持車が社会的問題を起こすことになります。
明暦の大火の被害拡大は長持車が原因!?
1657年の明暦の大火では2日2晩燃え続け江戸の3分の2が焼け、江戸城の天守も燃え落ちてしまいました。死者も5万人から10万人とも言われ、この大火の被害拡大の原因が長持車にあったようです。
車長持は有事の際に財産を丸ごと運び出せる便利な収納具ですが、それが仇となりました。明暦の大火は、これまでの火事とは規模が桁違いの大火事でした。江戸の町は、逃げ場を求める人でごった返し、そこにデカい長持車が道を塞いだものですから道は通行不可能になりました。
その結果、大勢の人が逃げ遅れ被害が拡大したのです。
これを重く見た幕府は、江戸・大阪・京都の大都市における長持車の製造・販売を禁止しましたが、地方では重宝されたそうです。便利な長持車が使えなくなり、代わりに登場したのが箪笥でした。
箪笥の誕生
箪笥は、1679年頃の大坂で誕生したとされいます。
これまでの葛籠や長持との最大の違いは、抽斗(ひきだし)にあります。
ゴチャつきやすいものを整理整頓できる箪笥は、当時画期的な収納具でした。必要なものをサッと取り出せるので、有事の際に収納具ごと運ぶ必要はありませんでした。
箪笥が広まったのは、元禄期の1688年~1704年頃とされています。
この時は、5代将軍・綱吉の時代で上方を中心に豪華絢爛な元禄文化が花開き、町人が力を持つようになった時代です。生活に余裕ができ、衣類などに贅沢できるようになれば、所持品が増えて箪笥の需要が伸びるのは当然の流れでした。
同時に、木材の加工技術が上がり箪笥製造も増加しました。
このように、需要と供給が一致し、箪笥の製造も増加したのです。武家では、嫁入り道具に箪笥が必需品にまでなりました。
この時の箪笥の素材は、桐が一般的で軽くて加工しやすく、木目が美しく湿気にも強い桐は、箪笥の素材にうってつけな木材でした。現在、桐ダンスは高級品ですが、江戸時代では庶民から将軍家まで桐箪笥を使用していました。
箪笥はなぜ一竿と数えるのか??
江戸時代の箪笥には、両サイドに金具がついており、これに長い棒を通して長持のように運ぶ事が出来たことから【一竿(棹)】と数えていたそうです。
箪笥の種類
当時の箪笥には用途によって色々なタイプが作られました。
最もポピュラーなものは、衣装箪笥で大切な着物を収納し、現在でもあります。
ほかにも、小さいけど小物の整理や収納に適しているのが手許箪笥で、櫛や煙草などの日知用品やお金や証文などの貴重品まで収納しており、鍵もついているのでセキュリティもしっかりしていました。
また、刀を入れるだけの武家には欠かせな刀箪笥や商家や宿屋などのお店の帳場に置かれていた帳場箪笥などは、簡単に開けられないように鍵のほかにからくり仕掛けのものもあったそうです。
ドラマのJIN~仁~で出てきそうな、抽斗のたくさんある百味箪笥などは、薬屋さんや医者が使用していそうです。別名【薬箪笥】ともいわれています。
このように、大坂で誕生した箪笥は様々な形に作られ、全国各地に生産地を広げ、幕末に仙台藩が地場産業として【仙台箪笥】と言う名産品を作り、海外に輸出するまでになりました。
近年、クローゼットの普及で箪笥自体の使用が減りましたが、やっぱり日本の住宅には和箪笥が似合うと思っているので、部屋のインテリアとして和箪笥の検討もよいかもしれませんね。