アスファルトは縄文時代の生活に使われていた!?
アスファルトは、道路舗装などで使用されている材料ですが、その歴史はとても古く縄文時代の日本でも接着剤として天然のアスファルトが使用されていたことが分かっています。
世界で天然のアスファルトが使用され始めたのは紀元前3800年頃で、チグリス・ユーフラテス川流域で栄えたメソポタミア文明やインダス川流域で栄えたインダス文明の遺跡で建材や防水剤として使用されていました。
紀元前3000年頃のエジプトでも、防腐剤としてミイラの保存にアスファルトが使用されていました。旧約聖書では、ノアの箱船の防水材、バベルの塔のレンガの接着にアスファルトが使用されていいる記述があります。
日本の史料【日本書紀】にも、668年に天智天皇の即位式に【燃える土】として献上されたと記録されています。
上の地図は、原油の算出していた(いる)分布図ですが、見てもらえると分かるように、北日本を中心に原油を算出していることが分かります。
生産量はともかく、過去にさかのぼってもこれらの地域で原油が発掘されていることが研究でわかっています。
天然のアスファルト
アスファルトには、原油を精製して作る石油アスファルトと天然に存在する天然アスファルトがあります。私たちは、石油アスファルトを一般的にアスファルトと認識しています。
外観は共に、暗褐色ないし黒色で、常温では固体、半固体、粘性の高い液体で、熱を加えると簡単に溶ける性質を持っています。石油アスファルトの生成方法は、原油の成分中高沸点の留分であり、石油の精製を経て原油を石油ガス、ガソリン、灯油、軽油、重油などに分留し作られます。
また、天然アスファルトは、自然に存在する原油の軽質分が蒸発してアスファルト分が残ったものと考えられています。
縄文時代のアスファルト
縄文時代の人々は、天然アスファルトを使って石鏃(弓矢の矢じり)・石匙と矢柄・柄や紐などとの接着剤として使っていたりひび割れを天然アスファルトで修復した土器が出土しており、以外にもかなり古い時代から使われているのが分かります。
正確な時期としては縄文時代中期の初めごろと言われており、上の例以外に『装飾品』や『土偶の目』『特殊な容器の化粧塗り』といった幅広い用途に使われています。
また、天然アスファルトは何処で使われていたかというと、北海道南西部から東北一円、さらには北陸・北関東とこちらも広い範囲で使っていたことが確認されています。原油の産出しない場所でも存在していることから交易が盛んであったことが伺えます。
交易が盛んに行われてきた物としてよく黒曜石があり、日本列島においても縄文時代のみならず旧石器時代にもすでに石器の素材として珍重されており、一部では弥生中期に至るまで交易の対象とされていた。
黒曜石は黒色の火山性のガラスで、割るとガラスと同じように鋭い刃部があらわれる。
それを利用して、縄文時代には主として石鏃(矢尻)や槍状石器また石匙などが作られました。なかでも石鏃は、黒曜石で作ると少ない手間でよいものが得られるので、狩猟社会における必需品であったと思われます。
※2019年5月19日 更新