ヨーロッパ史

歴ブロ

ヨーロッパ史は、国ごとに見ると複雑に見えるかもしれません。

大きく見ると、古代ギリシア・ローマの遺産、キリスト教、中世の封建社会、そして近世の王権強化や国家形成へとつながっています。

このページでは、ヨーロッパ史の大きな流れを古代・中世・近世を中心にに整理していきます。18世紀以降は、ヨーロッパだけでなくアメリカやアジアなど世界各地との関係がさらに深まるため、「近現代世界史」へつなげています。

古代地中海世界

最初に取り上げるのは、古代ギリシアと古代ローマを中心とする古代地中海世界です。

この時代に生まれた政治制度、法律、文化、そしてキリスト教は、後のヨーロッパに大きな影響を与えました。

古代ギリシア(紀元前8世紀ごろ〜紀元前4世紀ごろ)

ヨーロッパ史の出発点として重要なのが、古代ギリシアです。

現在のギリシアやエーゲ海周辺では、ポリスが成立する以前からクレタ文明やミケーネ文明などのエーゲ文明(紀元前2000年ごろ~紀元前1200年ごろ)が栄えていました。その後、紀元前8世紀ごろになると、アテネやスパルタのようなポリスが各地に成立します。

特にアテネでは民主政が発達し、哲学・文学・美術なども栄えました。古代ギリシアの文化は、のちのローマやヨーロッパ文化にも大きな影響を与えています。

紀元前8世紀ごろ
ポリスが成立

アテネやスパルタのようなポリスが各地に成立。ポリスが古代ギリシアの政治や文化の中心となった。

紀元前6世紀〜紀元前5世紀ごろ
アテネで民主政と文化が発展

ソロンやクレイステネスらの改革を経て民主政が発展。ペリクレスの時代には民主政がさらに進み、パルテノン神殿に代表される文化も栄えた。

紀元前5世紀前半
ペルシア戦争

ギリシアのポリスがアケメネス朝ペルシアの侵攻を受ける。アテネやスパルタなどは協力して戦い、ペルシア軍を退けた。

紀元前431年〜紀元前404年
ペロポネソス戦争

アテネとスパルタを中心とするギリシア世界の対立が激化。ペロポネソス戦争が発生し、ギリシアのポリスは大きく疲弊した。

紀元前4世紀後半
マケドニアの台頭

ギリシア北方のマケドニアが勢力を強め、フィリッポス2世の時代にギリシアのポリスを事実上その支配下に置いた。

紀元前334年〜紀元前323年
アレクサンドロス大王の東方遠征

アレクサンドロス大王は東方遠征を行い、アケメネス朝ペルシアを滅ぼした。結果、ギリシア文化とオリエント文化が結びつき、ヘレニズム文化が広がった。

各国史へ

古代ローマ(紀元前8世紀ごろ〜5世紀)

古代ギリシアに続いて、ヨーロッパ史の土台として重要なのが古代ローマです。

ローマは、イタリア半島中部の小さな都市国家から始まりました。はじめは王政でしたが、のちに共和政へ移り、さらに地中海世界へ勢力を広げていきます。

ローマも、法律・道路・都市・ラテン語などを通じて、後のヨーロッパに大きな影響を残しました。

紀元前753年ごろ
ローマの建国

伝説ではロムルスによって建国されたとされる。イタリア半島中部の小さな都市国家から始まった。

紀元前509年ごろ
共和政ローマの成立

王政が倒され、元老院や政務官を中心とする共和政が始まった。

紀元前3世紀〜紀元前2世紀ごろ
地中海世界へ勢力を拡大

イタリア半島を統一したローマは、ポエニ戦争でカルタゴを破り、地中海世界へ勢力を広げていった。

紀元前2世紀〜紀元前1世紀
共和政の動揺と内乱

領土拡大によって社会の格差が広がり、グラックス兄弟の改革などが試みられた。マリウスやスラ、カエサルら有力者の争いが続き、共和政は次第に不安定になっていった。

紀元前27年
アウグストゥスと帝政の始まり

内乱を勝ち抜いたオクタウィアヌスが「アウグストゥス」の称号を受け、ローマでは実質的な帝政が始まった。

1世紀〜2世紀ごろ
パクス=ロマーナ

ローマ帝国は比較的安定した時代を迎え、都市や道路が整備され、地中海世界の交易も活発になった。

3世紀〜395年
ローマ帝国の危機と東西分裂

3世紀には軍人皇帝が相次ぎ、外からはゲルマン人やササン朝の圧力も強まった。4世紀後半にはゲルマン人の移動も活発化し、その後の西ローマ帝国の弱体化につながっていく。帝国の再編を経て、395年には東西に分裂。

476年
西ローマ帝国の滅亡

ゲルマン人傭兵隊長オドアケルによって西ローマ皇帝が退位させられ、西ローマ帝国が滅亡。

キリスト教の成立とローマ帝国(1世紀〜4世紀)

キリスト教は1世紀、ローマ帝国の支配下にあったパレスチナで成立しました。当初はユダヤ教の一派として始まりましたが、使徒たちの布教によって各地へ広がっていきます。

ローマ帝国では一時キリスト教徒への迫害も行われましたが、4世紀にはコンスタンティヌス帝によって公認され、のちに帝国内で重要な宗教となりました。

1世紀前半
キリスト教の成立

ローマ帝国の支配下にあったパレスチナで、イエスの教えをもとにキリスト教が成立。イエスの死後、弟子たちによって教えが広められていった。

1世紀半ば以降
キリスト教がローマ帝国内に広がる

パウロらの布教によって、キリスト教はユダヤ人以外にも拡大。地中海各地の都市に信者の共同体がつくられていった。

1世紀後半〜4世紀初め
キリスト教徒への迫害

ローマ帝国では、時期や地域によってキリスト教徒への迫害が行われた。3世紀から4世紀初めには、皇帝による大規模な迫害も。

313年
キリスト教が公認される

コンスタンティヌス帝らが出したミラノ勅令によって、キリスト教を信仰する自由が認められた。その後、キリスト教は帝国内で急速に勢力を広げた。

380年
キリスト教が国教となる

テオドシウス帝はニケーア派のキリスト教を正統な信仰とし、帝国の国教とする。キリスト教はその後のヨーロッパ社会や文化に大きな影響を与えた。

西ローマ帝国が滅亡した後もキリスト教会は存続し、中世ヨーロッパの政治や社会、文化に大きな影響を与えていきます。

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