歴史コラム

いつの時代も母は強し!昔の出産は現代よりも壮絶な戦いだった!!

第一子が生まれたとき、8時間の長い時間の戦い後、子供が産道を通らないと言う事で緊急帝王切開で無事生まれました。現代では、医療も発達し帝王切開でも麻酔をして出産をしますが、医療が発達していない頃だったらどうしていたかを想像するとぞっとします。

この経験から、現代でも出産は命がけだと言う事を痛感しました。

そこで今回は、医療が整備されていない頃の出産はどのように行われていたのかを紹介していきたいと思います。

 

縄文時代の土偶に込められた思い

 

縄文時代に作られたと言われる土偶ですが、出土される土偶に妊娠している女性を模した者が多い傾向にあるために、当時の【安産祈願】として作られたとも考えられています。

これには、当時の悲しい出産背景があるそうです。

 

縄文時代の女性が出産する子供の数は平均4~5人でした。しかし、当時の人口は最も多い時期で26万人で現代より出生率が高いにもかかわらず人口が頭打ちだったのは、多くの子供が幼いうちに亡くなっていたと考えられます。

また、縄文時代の年齢別の死亡率を見ると女性は10代後半~20代までが多いと数字で出ているので、出産時に命を落すことも多かったと考えられます。文字通り縄文時代の出産は命がけだったのです。

無事出産をして、子育てをしても子供が幼くして亡くなってしまう事も多々あるので、この出産背景から、縄文時代の人々は安産祈願で土偶を作っていたのだと思います。

 

源氏物語で書かれている出産風景

 

平安時代に書かれた源氏物語では、当時の出産風景を垣間見る事が出来ます。

この頃の出産は【穢れ(けがれ)】とされており、白壁や白縁畳の部屋に白装束に身を包んで出産に臨んでいたそうです。現代では出産は尊いものとされているので、平安時代の出産に対する意識は現代とはとても乖離していることが分かります。

また、物語の葵の上の出産シーンでは、【どんな祈祷を施しても物の怪が去らない】と言った描写があるので、難産は物の怪の仕業と考えられていました。平安時代の出産スタイルも現代とは違い【座産】が主流で、妊婦は懐抱・腰抱の二人の産婆に寄りかかって座って出産していたのだそうです。

色々な出産スタイルを選択できる現代とは違い、平安時代は横になって出産する事も許されなかったそうです。

 

陣痛に耐え孤独な出産

 

江戸時代になると、天井から綱を垂らしてそれをつかみ陣痛に耐えました。

平安時代同様に、産屋や納屋などに隔離して出産に臨んだ女性も多かったそうです。当時、横浜に在住していたフランス人海軍士官によると、日本人妻が声を出さずに出産した事に驚いたと記述していました。

このことから、当時の出産する女性は、激しい痛みに耐えながら声を押し殺して出産していたことが伺えます。しかも、産後7日は眠ってはいけないとされていたようです。産後の体力消耗しグッタリしているのに寝れないなんて過酷すぎます。

 

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帝王切開は江戸時代後期になってから

 

1852年になると日本で初めて帝王切開が行われました。

この時は3日間も陣痛に苦しんだ末、胎児が死亡してしまい緊急手術が行われたと言います。なんとこの手術は麻酔なしでのものでしたが、その後の母親は天寿を全うしたそうです。

この頃になると、産医と呼ばれる専門医が誕生し、これまで常識とされていた出産に関するとんでもない風習を正すようになりました。※産後7日は睡眠をしてはいけないなど…

その第一人者が加賀玄悦で、多くの出産現場に立ち会いながら助産術を身につけました。

出産用の医療器具を開発したり、先述した死産だった妊婦さんから胎児を取り出す【回生術】を広めました。【産論】という著書もまとめ、現代の医療技術にも通じるさまざまな出産文化を生み出していったと言われています。

 

この帝王切開が母子ともに安全に行われるようになったのは、1950年代以降で最初の手術から、約100年の時を経てのことでした。

今では、妊婦の約5人に1人が帝王切開で出産し、基本的に半身麻酔で手術を受けます。

痛みはないものの開腹手術の感覚は何となく感じるようです。

 

住み慣れた自宅で出産

 

明治から昭和にかけては、自宅で出産する人が多く産婆さん(助産師)の存在が欠かせませんでした。明治以前に比べると、産屋などに隔離されることが少なくなり、住み慣れた自宅の畳の上で出産でき、出産の環境はだいぶ良くなりました。

産後に7日間寝てはいけない、いきむときには声を押し殺す等の江戸時代の悪い風習はすでに無くなっていました。しかし、不測の事態が起きてもすぐ対応できる現代の出産現場に比べると不安が残ると思います。

 

戦後~現代までの出産環境

 

戦争が終わると出産の環境も著しく変わります。

1950年代までは自宅出産がメインだったのが、1970年代になると病院や助産院などの施設で出産するのが全体の95%以上になりました。

また、【保健婦助産婦看護婦法】が制定され、産婆の代わりに助産師が登場し、産科医や助産師の増加、病院での出産が増えるにつれ、衛生的で安全な出産ができるようになりました。

旦那さんや子どもなど、妊婦の家族がお産を見届ける【立ち合い出産】が認められるようになってきたのも、1970年代です。

 

いつの時代もやはり母は強し

 

昔は、危険と隣り合わせだった出産ですが、現代ではそのリスクは大幅に軽減されているほど医療体制が整いました。それでも、多少のリスクは残っておりいつ何が起こるのが分からないのが出産です。

はるか昔から、命がけで出産に臨んだ女性たちのおかげで今の私たちが存在しているのを思うと感慨深いものがあります。

 

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歴ブロ
歴史好きが高じて、日本史・世界史を社会人になってから始めました。史実を調べるのも好きですが、漫画・ゲーム・小説も楽しんでます。いずれ歴史能力検定を受ける予定。どうぞよろしくお願いします。