日本で開催された冬季オリンピックの歴史
2018年2月9日~2月25日まで韓国の平昌にて冬季オリンピックが開催されます。
皆さんもご存じの通り、オリンピックには夏季と冬季の2つオリンピックがおり、それぞれ4年に一回の周期で開催されています。
今日は、平昌オリンピックが近いという事で、日本で行われた2つの冬季オリンピックについて書いていみたいと思います。
冬季オリンピックの始まり
第一回冬季オリンピックは、1924年1月25日~2月5日にフランスのシャモニーで行われていました。以前から、冬季の独立したオリンピックができないものかと、当時のIOCが模索していまいした。その結果、このフランスで行う大会の結果で決めようと言うことで開催されました。
開催時は、オリンピックと言う名目での大会でなく、IOCの支援したフランスでの冬季スポーツ大会と言うものでした。
初めての試みでしたが、16か国から258人の選手が出場して、4競技14種目が行われました。大会は天候にも恵まれて無事に成功を収めました。その甲斐あって、翌年のIOC総会では、冬季大会の独立開催に異論がなく、このフランス大会が【第1回オリンピック冬季競技大会】と認定されました。
そんな、冬季オリンピックは、夏季とは異なり開催にあたっては全く別の条件が求められます。冬の競技と言うと、雪とある程度の寒さが有ればよいと思いがちですが、開催地に屋外競技に適した雪質やスキーやボブスレーの屋外競技場、スケートやアイスホッケーの競技場の設置が求められ、かつ交通便の良さや報道センターや選手村の設置しやすい都市部が望まれます。
この点を見ると、日本で過去行われた1972年の札幌や1998年の長野などは、その条件を満たしていたのでしょう。
冬季札幌オリンピック
1966年に札幌で冬季オリンピックが1972年に開催すると決定されました。その経緯として、戦前の1940年に開催が計画されていましたが、第二次大戦のため中止された経緯を考慮して開催地として指名されました。
アジアで初めての冬季オリンピックとして1972年2月3日~2月13日まで行われました。
これに際して、札幌とその近郊に14の競技施設が新設されました。
開会式や閉会式が行われたスケート場、オリンピック村、プレスセンター事務局は、真駒内、西岡地区に置かれました。1971年には、札幌市営地下鉄が開通し、これに伴って地下街も整備され、札幌の街並みは大きく変貌しました。
ゲレンデが必要なスキー場は、市内から少し離れた手稲山、大倉山、宮の森地区に開城が設置されました。スキーのメイン会場が手稲山に置かれ、リュージュ、ボブスレーのコースも設営され、ボブスレー競技場に関しては、日本で初めて建設された正式なコースでもありました。
平昌オリンピックでの高梨沙羅選手に期待がかかるスキージャンプ競技は、大倉山、宮の森地区に競技場が作られました。
この冬季オリンピックで、世界的にも稀な積雪都市として有名な札幌市の交通環境を向上させた地下鉄や地下街などの市街地の近代化に大きな貢献をしました。
また、オリンピック開催により札幌の世界的に上がり、国際化が大きく進みました。オリンピックによる、冬季スポーツ施設が充実したことにより、アジアの冬季競技の拠点としての地位の確立にも役に立ちました。
1998年冬季長野オリンピック
札幌五輪から26年後の1998年に、長野の地に再び冬季オリンピックが開催されることになりました。これまで、ウインタースポーツの場として世界的に無名だった長野がオリンピック開催地になった事はとても意味のあることでした。
このオリンピックで重要視されたのが【環境】で、スポーツ施設の開発と自然の保護再生を両立させることが大会運営の必須条件となりました。滑降の距離を伸ばすために、環境保護団体とすり合わせを幾度となく行われたり、高度な技術を要するリンク整備などは、オゾン層の破壊に繋がらない冷却アンモニアを冷媒に使用したりと環境に配慮さました。
新設された会場も、大会終了後の用途があらかじめ設定されて、ウインタースポーツ以外の夏季における用途も決められました。
札幌同様に長野でもオリンピック道路や高速道路、地下鉄や鉄道などのインフラが整備され、なかでも長野新幹線【あさま】がオリンピック開催4か月前に開業して、東京~長野が今までの半分ほどの79分で結ばれました。
この二つの冬季大会は、それぞれの地方都市の近代化に大きな貢献はしましたが、1964年の東京オリンピックに比べるとその経済効果は低いようです。
特に、冬季競技の施設利用が非常に難しく、近年の環境に配慮した大会運営も厳しくなり、スキーやクロスカントリーなどの山間部で行われる競技の整備がままならないのも事実です。
冬季に比べて一年中活用できるのが、夏季オリンピック開催に伴う海上や都市整備です。1964年の東京オリンピックで整備された、国立競技場や駒沢競技場をはじめ、首都高速、オリンピック道路などは、40年以上たった今でも骨格となるインフラとして機能しています。
2020年の東京オリンピックに向けて、首都圏が着々と開催地として整備されていきます。前回の東京オリンピックで建てられた国立競技場も新しく生まれ変わります。
東京がオリンピック招致したことによる国内の経済効果は、32兆円を超えていて190万人の新たな雇用が増加すると言われています。
その一方で、財政が厳しいうえに民間企業からの出資不足でチケットの売り上げも3割程度で、そのほか様々な要因で閑散としている今度の冬季オリンピックですが、無事に終わることができるのでしょうか?