世界史

古代インドの地理・特徴・気候を見てみよう

教科書第2章『アジア・アメリカの古代文明』に入ると、最初に行うのが昔で言うところの四大文明の一つ『インダス文明』です。今回はそんなインダス文明に入る前にインドの地理や気候の特徴などを調べていきます。

が、その前に一つだけ注意点を。第1章は下の表で言う黄色部分で文明が始まった紀元前から世界帝国のローマ帝国が瓦解するまでの『中東とヨーロッパ』を扱っています。が、第2章では場所を移して時代を戻した上で『アジアとアメリカの古代文明』を学ぶ(下表の黄緑部分です)ため、そこだけは頭の片隅に入れておいてください。

世界史はなぜ「年号暗記」ではなく「数珠つなぎ」で学ぶべきか より一部可変させていただいています。

それを踏まえた上で、第2章の初めに学ぶインド周辺の特徴を見ていきましょう。

インドの地理的特徴を見てみよう

古代インドの最初の文明として学ぶインダス文明は、川の大部分が現在のパキスタン領を流れるインダス川周辺で起こった文明です。下の地図だと一番西側の川になります。

古代インドの文明が興った場所の周辺地図
古代インドの文明が興った場所の周辺地図

 

インダス川はチベット自治区のチベット高原から始まりアラビア海へと注ぐ3,180㎞の長さを誇る川です。河口が広い三角形状(=三角江)になっており、世界でも珍しい海嘯(かいしょう)と呼ばれる現象が起きるそうです。

満潮の際、河口に入る潮波の前面が垂直の高い壁状になり、砕けながら川上に進む現象。

海嘯(カイショウ)とは ーコトバンク

 

インダス川の東側にはタール砂漠が広がり、インダス川タール砂漠の西側には全長450㎞、最高頂3,487mのスライマン山脈が連なります。ヒマラヤ山脈ヒンドゥ・クシュなど高い山脈が近隣にあるため低く感じますが、日本最高峰の富士山より約300m程度低い山ということでそれなりの高さなのが分かります。

ヒマラヤ山脈は言わずと知れた世界最高峰のある非常に高い山。その北方のカラコラム山脈も広義の意味でヒマラヤ山脈に含まれる程なので、こちらの山脈も非常に高いです(wikiパッと見で高さランキングトップ100の殆どがヒマラヤ山脈とカラコラム山脈です)

地図を見て分かるように古代インドは当時の先進地域であったオリエント世界(今はまだ記事にしていませんが)中国の間にある場所という立地条件から多種多様な文明が生まれました。

同時にインド周辺は世界でも有数の高い山や海に囲まれて攻め込まれにくく逆に攻めにくい土地でもあるため、オリエント世界で国が興っては滅亡した歴史と比較するとインドで起こった国や王朝は長く続く傾向にあります。

 

インドの風土を見ていこう

土地

インダス文明はインダス川畔の肥沃な土壌によって育まれました。エジプトと同様に肥沃な土壌は氾濫する川が運んだものと言われており古代インドでは『氾濫農耕』が行われています。

北方にあるカラコラム山脈ヒマラヤ山脈新期造山帯と呼ばれる地域です。比較的新しい時代(今現在も進行中で)に造山運動が活発になった地域であり、風化の期間が短いため高く険しい山が続きます。

造山運動が活発な地域ということは火山岩が豊富な地域でもあります。風化して削られたり自重により崩壊した山脈の一部が近隣に流れて沖積したり、火山活動により吹き出たマグマが噴出し冷え固まった火山岩が削られるなどして土壌が作られていきました。

インドのデカン高原のあたりには玄武岩(火山岩の一つ)で構成される溶岩台地が広がっており、この玄武岩由来の土壌はレグールと呼ばれ小麦の栽培や綿花の栽培に最適です。

※同じ火山岩由来でも火山灰が混ざったり植生の違いで全く異なる土壌が出来上がります

また上の地図だと上流は3つ又(ヒンドゥスターン平野の画像だと一本)になってますが、実際には更に複数枝分かれした川がインダス川へ合流している形です。加えてガンジス川も非常に広い範囲を流れる川であることから、インダス川・ガンジス川流域に弧を描くような形の沖積平野が広がっています(=ヒンドゥスターン平野

ヒンドゥスターン平野(wikipedelia)より

 

このヒンドゥスターン平野は現在世界で最も集中的に農業が行われている地域です。

 

インド周辺の気候

北のヒマラヤ山脈をはじめとする山岳地帯と中央部のデカン高原付近で気候は全く違いますし、タール砂漠の気候も全く異なります。山が多い上に非常に広い領域なので当然と言えば当然です。

インダス川周辺の平野部南部は一年を通じて乾燥気味の砂漠気候、平野部北部はステップ気候に属しますが、それ以外の場所では大部分が雨季と乾季のハッキリしたモンスーン気候と呼ばれる気候に属します。

 

モンスーンは季節風とも呼ばれる風で、夏場には南西から、冬場には東北から風が吹き込みます。ここに山がちな地形が重なってそれぞれの気候の特徴が表れてきます。

 

 

地図を見ると分かりますが、夏場にはインドの出っ張った部分はアラビア海からの湿った風が吹きつけます。同時に西ガーツ山脈がそびえたつので雨雲が西ガーツ山脈にぶつかって発達し山脈の西側では多くの雨が降ることに。

既に多くの雨が降った雨雲はデカン高原の辺りに到達する頃には多量の雨をもたらす程の雲ではなくなっているので、雨は降るもののそこまで多くはありません。

インド北東部は東ガーツ山脈ヒマラヤ山脈の間からインド洋・ベンガル海の水蒸気をたっぷりと含んだ雨雲が流れ込んでいるため、こちらも多雨となります。一方のアフリカ大陸アラビア半島の辺りの乾燥した風が吹き込むのがタール砂漠周辺です。

 

 

砂漠と言えば水の活用をとことん考える地域。こういった背景がエジプトやメソポタミア同様に古代文明が生まれるキッカケになったと考えられます。

 

作物

文明が生まれるには多くの人が必要です。多くの人を養うには食料を確保しなければなりません。インダス文明はその条件も備えています。

 

 

インダス川周辺では多くの場所で小麦が、一部水の多い場所ではも栽培されています。また、インド周辺地域は地域によって異なる気候や異なる土壌を持つために穀物以外の作物も取ることが可能です。

カルダモン丘陵では名前の由来となった香辛料カルダモン(最古のスパイスとも言われてる)やカルダモン丘陵の西端にあるニルギリ丘陵では茶葉が栽培されています。ニルギリは紅茶好きなら知ってるかもしれませんね。インドのダージリン・アッサムと並ぶほどの銘紅茶の生産地です。また、雑穀豆類などの油糧種子といった乾燥に強い作物もインド西部では作られていますし、インド周辺では暖かい地域も多くあるので果物も豊富に獲れます。

インド・パキスタンは17世紀以にあった貿易構造の変化や19世紀にイギリス領となった歴史的経緯や緑の革命(品種改良・化学肥料の投入など)もあって古代の農業と現代では異なりますが、それでも穀物や香辛料・果物などが作れる土壌は大きく変わっていないことでしょう。

これまで学んだ範囲でもヨーロッパ初の文明は穀物量がネックになって、メソポタミアやイラン高原に建国された国は(砂漠と海に囲まれたエジプトや険しい山に囲まれたインド周辺と比較すると)攻め込まれやすい環境で他民族の流入が多いこともあって国を強くするために拡張路線へ移行することが結構ありましたが、インドの場合はインド亜大陸内で完結することが多いです。

インドとヨーロッパの大きさを比較した地図を見ると御覧の通り非常に大きいので、単にインドでの文明が外へ向かわなかったのは大きさが大きさのためというのも理由になりそうですね。

今後はそんなインド周辺で起こった文明や国について書いていく予定です。

ABOUT ME
miumaga
歴史好きが高じて、日本史・世界史を社会人になってから始めました。史実を調べるのも好きですが、漫画・ゲーム・小説も楽しんでます。いずれ歴史能力検定を受ける予定。どうぞよろしくお願いします。