古代ギリシア周辺の地理・気候・特徴を見てみよう
歴史を学ぶ前に基本的な場所や風土などを学んでいきましょう。
ギリシアの位置を確認しよう
現代でも同じ国名が残っているので分かりやすいですが、地図で確認を。
ギリシアはヨーロッパにあるバルカン半島(上の地図で言うとストライプ部分)の先の方に位置しています。薄いピンクが現在のギリシア共和国です。
古代ギリシアの場合も大体は現在のギリシアと同じと考えてもいいのですが、古代ギリシアの発展がポリスと呼ばれる都市国家単位の発展が主だったことに注意した方が良いかと思います。
アナトリア半島やアフリカ大陸にもギリシアの植民都市があり、ギリシア世界と言われた時には現在のギリシアだけでなく、そういった植民都市を含んでいたりします。統一国家が作られるのは他の地域と比べて少し遅れますので、これまで学んできた『国』とは少し感覚が違うかもしれません。
独立した都市国家を作る場合もあれば、交易目的に都市国家を作ることもありました。交易を手広く行っていたこともあってギリシア人の活動範囲は非常に広く、ギリシア沿岸は勿論地中海沿岸のイタリア半島、スペインのあるイベリア半島、黒海沿岸、北アフリカ沿岸などまで足を延ばしていたようです。
ギリシアの風土を見てみよう
土地
多くの島から成り立っています。また、現・ギリシア国土の80%が山地から成り立っていると言われており、大きな平野や大河がありません。
さらにギリシアの北方は豊かな土壌(肥沃な三日月地帯と同様のチェルノーゼルと呼ばれる土壌が広がっています)ですが、南方の土壌はやせた石灰岩質『テラロッサ(赤い土)』だと言われています。
※土壌は、土の元となる岩石などの材料に生物が作用したり遺体の腐食したりして出来上がっていきます。元の岩石の種類、土壌に作用する生物の種類、気候など多くの要素が合わさって土壌の特徴が生まれてきます。また、土の材料である岩石の粒が小さければ小さい程粘土質となるようです。
以前書いた記事でギリシアの土壌がランクBって書いた地図を紹介してるのに「何故やせた土地なの?」と疑問を持った方!一応言い訳させてください!!気にならなかった方はスルーで・・・
日本でメインの土壌・黒ボク土は
チェルノーゼムと外観は同様でも、性質や生産力は全く劣った、世界でも指折りの不良土なのです。
『これなら分かる「土と肥料」の実践講座-世界の土を知る』より
この様に評されているにも拘らずAからGの評価ではランクCに評価されています。ギリシアの土壌はランクBで上から二つ目とはいえ、ランクAのチェルノーゼルとは歴然たる差があるってことなのでしょう。
歴史から脱線してきたので土壌については一旦終えますが、この土壌の分布を見てると見事に遊牧民のいる場所がランクGに分類されてますね。覚えておいて損はないかもしれません。
気候
ケッペンの気候区分でいう地中海性気候です。
ギリシアでは、夏は日差しが強く気温は高いが湿度の低いカラッとした過ごしやすい気候で、冬に一定の雨が降ります。
作物
夏に乾燥気味の気候とやせた土壌からできる作物は限られています。オリーブやブドウなどの果物や柑橘類の栽培です。
現在のギリシア…というかイタリアやスペインを含む地中海料理といった方が想像しやすいかもしれませんが、地中海で獲れるタコやイカ、貝、魚、魚卵などに加えて農作物として獲れたオリーブを加工したオリーブオイルを使用する料理が多いですよね?
ワインのイメージも地中海には結構あります。ちなみに、トマトは南米のペルー原産なので食べられ始めているのは18世紀以降ですから古代には食べられていません(トマト以前は酢を使用していたそうです)。ギリシアの場合は、トルコからの影響もあってヨーグルトを使用した料理も多いです。
実際にオリーブもブドウも昔から食べられていましたし、ヨーグルトを作るための牧畜もギリシアでは行われていました。
地図や土壌ランキングを見てもらうと分かりますが、マケドニアにはエーゲ海にそそぐ川と豊かな土壌がありました。ギリシア南部程山がちでもありません。
そんなわけで、 ギリシアに文明が興る前、石器時代(~3200年前頃まで)初期農業が行われ始めたころにはギリシア北方のマケドニア周辺が先進地域でした。
ですが、マケドニアで獲られる穀物量といえば大河と大きな平野のあるメソポタミアにはかないません。そこで古代のギリシア人は方針転換を決めました。ギリシア北部から南部に移行してオリーブオイルやワインを交易品として用いるようになっていったのです。