コミンテルンとは?ロシア革命後の国際共産主義組織と世界への影響
コミンテルンは、ロシア革命後の国際共産主義運動を考えるうえで重要な組織です。
中国共産党の成立や国民党との協力関係を理解するうえでも、避けて通れない存在といえます。本記事では、コミンテルンの基本的な定義、成立した背景、役割、そしてヨーロッパや中国への影響を整理していきます。
コミンテルンとは?
コミンテルンとは、1919年に成立した第三インターナショナルのことです。ロシア革命を成功させたボリシェヴィキが中心となって組織し、本部はモスクワに置かれました。各国の共産党を結びつけ、国際的な共産主義運動を進めることを目的とした組織です。
ボリシェヴィキとは、1898年にロシアで結成されたマルクス主義を掲げる政党・社会民主労働党が分裂したうちの多数派を指しています。ロシア革命を主導した勢力として知られています。
「インターナショナル」は、国境をこえて社会主義運動を連携させようとする国際組織を指します。その中でコミンテルンは、ロシア革命の影響を世界に広げようとする性格を強く持っていました。
また、コミンテルンは単なる交流組織ではなく、各国の共産党に方針を示し、運動に大きな影響を与えた組織でもありました。
なぜ作られたの?
コミンテルンが作られた背景には、
- 第一次世界大戦後の混乱
- ロシア革命の成功
がありました。
第一次世界大戦では、多くの国で戦争による被害や生活の苦しさが広がり、社会への不満が高まっていました。物価の上昇や失業、政治不信などが深刻になり、従来の体制では社会の問題を解決できないのではないかと考える人々も増えていきます。
こうした中で起きたのが、1917年のロシア革命です。ロシアではボリシェヴィキが政権を握り、世界で初めて社会主義政権を打ち立てました。この出来事は、各国の社会主義者や労働運動に大きな衝撃を与え、革命をロシア一国にとどめず、世界へ広げようとする動きにつながっていきます。
そんな動きがあった一方で、この時期の社会主義運動は一つにまとまっていたわけではありませんでした。
議会や選挙を通じて社会の改革を目指す立場もあれば、革命によって社会を大きく変えるべきだと考える立場もありました。コミンテルンは、こうした分裂の中で、後者の革命派を国際的に結びつける組織として作られたのです。
何をしたのか?
コミンテルンは、各国の共産党や革命運動を結びつけ、国際的な共産主義運動を進める役割を果たしました。各国の共産党に方針を示し、その活動に大きな影響を与えた点が特徴です。
また、思想面だけでなく、組織づくりや活動の面でも支援を行い、資金・人材・宣伝などの分野で各国の運動を後押ししました。このため、コミンテルンは単なる交流組織ではなく、強い指導力を持つ国際組織だったといえます。
さらに、加盟する政党への統制の性格も強く、各国の共産党はコミンテルンの方針を意識しながら活動しました。こうしてコミンテルンは、世界の共産主義運動を広げる中心的な役割を担っていったのです。
コミンテルンのヨーロッパへの影響
ロシア革命後、各地で共産党や左派運動が活発になり、コミンテルンはそうした運動を国際的に結びつける役割を果たしました。とくにドイツやイタリア、フランスなどでは、コミンテルンと結びついた共産党が活動し、政治や労働運動に影響を与えていきます。
その一方で、共産主義運動の広がりは、社会の不安や反発も強めました。第一次世界大戦後の混乱や経済不安の中で、左派運動への警戒が高まり、それがドイツやイタリアで右派・ファシズム勢力が支持を広げる背景の一つにもなっていきます。
コミンテルンと中国との関係
一方で、コミンテルンの影響はヨーロッパだけでなくアジアにも及んでいます。
とくに中国では、中国共産党の成立や、その後の国共合作に深く関わりました。中国近現代史を理解するうえでコミンテルンが重要なのは、中国の革命運動や統一運動の方向に大きな影響を与えたからです。
中国共産党の成立への影響
コミンテルンは、中国共産党の成立に関わった組織として重要です。1919年の五・四運動以後、中国では社会主義やマルクス主義への関心が高まりました。こうした中で、コミンテルンは中国の革命運動にも働きかけを行い、1921年の中国共産党成立を後押ししたとされています。
五・四運動は、中国で広がった学生中心の抗議運動のこと。背景には、日本の二十一カ条要求やパリ講和会議で山東省の旧ドイツ権益が日本に引き継がれると決まったことへの反発・不満がありました。
この運動をきっかけに、中国では新しい思想への関心が高まり、マルクス主義にも注目が集まっていきます。
もちろん、中国共産党はコミンテルンだけによって作られたわけではありません。中国国内の知識人や活動家たちの動きが土台にありました。ただし、コミンテルンの支援や影響があったことは確かであり、中国共産党の初期を考えるうえで欠かせません。
国共合作を促したコミンテルン
コミンテルンは、その後の国共合作にも関わりました。当時の中国は軍閥が各地に勢力を持ち、国内統一が進んでいませんでした。こうした状況の中で、コミンテルンは中国共産党に対し、孫文の率いる国民党と協力するよう促します。
その結果、1924年に第一次国共合作が成立しました。国民党と中国共産党は協力しながら、中国の統一や反帝国主義を目指して動いていくことになります。
中国革命の方向にも影響
もっとも、この協力関係は長くは続きませんでした。1927年、蒋介石が共産党を弾圧したことで、第一次国共合作は崩壊します。
それでも、コミンテルンが中国共産党の成立や初期方針、さらに国共合作の実現に大きく関わったことは確かです。中国革命の始まりを考えるとき、コミンテルンは欠かせない存在だったといえるでしょう。




