世界史

オリエント世界の勢力変遷を地図で見てみよう

オリエント世界の変遷は文字で読むよりも実際に地図で見た方が確実に理解できると思いますので、これまで学んだオリエント世界の変遷を整理していこうと思います。自作地図ですので、若干の場所の違い・大きさの違いはご了承ください。大体の場所が分かれば…程度の変遷図となっています。

紀元前3000年頃からのオリエント世界

紀元前3500年頃からメソポタミアのペルシア湾岸周辺でウル・ウルク・ラガシュといったシュメール人国家が誕生。この頃、ウルの辺りには後に出てくるヘブライ人が住んでいたとも言われています。

もう少し時間が経過し西へ目を向けてみると、ナイル川沿岸に古王国が誕生しています。

BC.3000年、オリエント世界の変遷図
オリエント世界に興った国々

なお、シュメール人都市国家の集中するティグリス川・ユーフラテス川下流域をバビロニアと称します。

 

紀元前2500年頃からのオリエント世界

紀元前24世紀頃になるとシュメール人国家を吸収しアッカド人がメソポタミア全域を支配。アッカド人はシュメール人と共存していたのでは?と最近は言われているようです。

紀元前2500年頃のオリエント世界の変遷図

ちなみにアッカドと隣接した南東部にはエラムと呼ばれる国も興っていますし、アッカド北部にはフルリ人が住んでいました。フルリ人は紀元前25世紀から記録に出てくるようになっています。

教科書には出てこないような国家も存在してました。

紀元前2000年頃からのオリエント世界

紀元前2145年頃にアッカドが滅びメソポタミアで複数の都市国家が乱立する一方、エジプト古王国では内部混乱の末に紀元前2160年頃に中王国が起こります。

紀元前2113年頃にはシュメール人による都市国家のウルが再度力を蓄え、メソポタミア南部の直接支配した地域に加え周辺国から貢納を得る程大きくなっています。

※地図はウル第3王朝の間違いです!!

紀元前2000年頃のオリエント世界の変遷図

また、地中海沿岸のクレタ島でヨーロッパの諸文明に繋がるクレタ文明が始まったのもこの頃です。

 

紀元前1800年頃からのオリエント世界

紀元前2000年以前にアッシリア王国が誕生し、前1894年にはバビロン第一王朝も誕生しています。

似たような時期にペルシア湾北部のザグロス山脈にいたカッシート人がバビロニア(ティグリス・ユーフラテス川下流)へ進出し、バビロン第一王朝と重複するような形で成長し始めます。

紀元前17世紀のオリエント世界の変遷図

カッシート人がユーフラテス川中流域まで進出した頃にはヒッタイトも大きくなり、バビロン第一王朝とぶつかることに。こうしてカッシート人による圧力とヒッタイトとの抗争によってバビロン第一王朝は紀元前1595年頃、その歴史に幕を閉じる事となりました。

そのバビロン第一王朝の後、ヒッタイトはバビロン第一王朝の北部を、カッシートは南部を占領するに至ります。

 

一方のエジプト中王国は…というと戦争激戦区のシリア・パレスチナ方面からやってきたヒクソスに侵入され領土を減らしていきました。戦って領土を失ったわけではなく、どうやら内部侵略という形だったようです。

 

紀元前1500年頃からのオリエント世界

アッシリア王国はバビロン第一王朝が倒れ、ミタンニ王国カッシートにそれぞれ領土が取られた後も引き続き領土を確保し続けます。

バビロン第一王朝とぶつかったヒッタイトも更に領土を広げており、フルリ人の作ったミタンニ王国とぶつかります。

さらに中王国が倒れた後、エジプトでは新王国が誕生しています。これまでとは打って変わってシリア・パレスチナ方面まで進出。ひょっとすると、ヒクソスによる侵入で軍事技術がエジプトに流れてきたためかもしれません。

アナトリア半島の付け根あたりで新王国・ミタンニ・ヒッタイトの三つ巴状態となっているのが分かりますね。

そのうちミタンニ王国はエジプト新王国と同盟を結びますが、ヒッタイトに敵わず半分がヒッタイト領もう半分が朝貢国となることに。

この時、ミタンニ王国の服属下にあったアッシリア王国が独立。アッシリアとミタンニの力関係が逆転します。

さらにヨーロッパではオリエント世界やクレタ島の影響を受けてミケーネ文明がギリシア周辺で始まっています。

 

紀元前1200年頃~のオリエント世界

紀元前14世紀(前1400年~前1301年)に入ってミタンニが滅亡し、アッシリア王国とカッシート王朝とも呼ばれるバビロン第3王朝が勢力を伸ばし始めます。

また、前1500年と同様、エジプト~メソポタミアまで大きな範囲で力のある国が乱立したこと、地中海のヨーロッパ側に諸都市国家が出来ていたことで地中海沿岸部にはフェニキア人が、内陸側ではダマスクスと呼ばれる都市を中心にアラム人が交易で活躍し始めます。

ヘブライ人は国の乱立する戦乱の多い状況のあおりを受けて、エジプト新王国での圧政からエジプト脱出し、シナイ半島を経てパレスチナ地方に移住し定着。苦難の時代でユダヤ教への信仰が広まる下地が着々と進んでいきます。

前1200年頃のオリエント世界・変遷図

そして、この直後。

多くのオリエント地域で『前1200年のカタストロフ』と呼ばれる災厄があったと言われています。

その災厄の原因は気候変動だとも一部地域の激しい地震活動だとも言われており、何らかの原因で飢饉となった者達が海の民として豊かな土地を目指し移住を繰り返しました。

その結果が『前1200年のカタストロフ』であり

  • ヒッタイトの崩壊
  • エジプトへの海の民侵入
  • ギリシア・ミケーネ文明の崩壊

といったオリエントの大激動時代への突入です。とにかくオリエント世界は大混乱に陥ったのです。

 

紀元前1000年頃~のオリエント世界

ヒッタイト崩壊後のアナトリア半島にはフリギア王国が誕生し、アッシリア王国はその領土を広げています。カッシート人によるバビロン第3王朝がとエラムによって滅びると、バビロニアではイシン第2王朝がたつことに。

そのイシン第2王朝も後半になるとアッシリア王国の勢いが増して圧力がかかるようになり、最終的に滅びます。イシン第2王朝後にもバビロニアの王朝は何度か興るものの耐え切れずに短命に終わっています。

紀元前1000年頃のオリエント世界・変遷図

エジプトもまた海の民との攻防に加えて移民・難民の侵入により支配領土を大きく減らし、以前支配領土を広げていたシリア・パレスチナはヘブライ人による王国が立てられています。

そのヘブライ王国も922年には北部をイスラエル王国に南部をユダ王国に分裂させることになったのです。

 

紀元前7世紀頃のオリエント世界 

これまで多くの国が出来ていたオリエント世界をアッシリアが征服。ペルシア湾沿岸のエラムもかなり弱体化しました。

アナトリアのフリギア王国は北東からやってきた遊牧騎馬民族に滅ぼされ、複数の都市国家群が存在しています(シリア=ヒッタイト時代)。また、ユダ王国などはアッシリアの服属下で存続しているという状況でした。

紀元前7世紀頃のオリエント世界の地図・変遷図

これだけ栄えたアッシリアも強力な専制君主制を敷いた統治だったため、重税と圧政が原因で服属民の反抗を招き、前612年に崩壊することとなります。

 

紀元前600年頃のオリエント世界

アッシリアが紀元前612年に崩壊した後に栄えたのは、リディア・メディア・新バビロニア・エジプトの四カ国です。

メディア・新バビロニアが協力してアッシリアを崩壊させ、エジプトは逆にアッシリア側につきました。この時のカルケミシュの戦いでエジプトは敗戦。エジプトはこの戦いの過程でユダ王国を支配下に置くものの、パレスチナ以北は新バビロニアの支配下に置かれます。さらに後になると、新バビロニアはユダ王国を滅ぼしています。

アナトリアのリディアはフリギアの西隣(紀元前1000年頃の地図参照)に位置し、ギリシアとフリギアの交易と領土内の金産出が支配地域拡大の原動力となりました。

紀元前600年頃のオリエント世界地図・変遷図

紀元前500年頃のオリエント世界

紀元前600年頃の地図に載っている4カ国のうちのメディアという国の一部ペルシアで反乱が起きたのが紀元前552年のことです。

反乱後、ペルシアはキュロス2世が建国。王族の始祖の名前からアケメネス朝ペルシアとして栄え、エジプトの辺りまで領土を広げています。

紀元前500年頃のオリエント変遷地図

ちょうどこの頃、ギリシアではアテナイスパルタと言ったポリスが力をつけていました(スパルタは軍事大国で警戒心が強く、6世紀後半には対ペルシア同盟であるペロポネソス同盟を結んでいます)

 

ペルシア戦争

紀元前500年から紀元前449年までに起こった、ペルシアに危機感を抱いていたギリシア連合軍(アテナイが中心)とアケメネス朝ペルシア間の戦争です。

結局、ペルシア戦争ではギリシア側が勝利し、イオニア地方のアケメネス朝の影響力を排除することに成功します。戦争をきっかけにアテナイの海軍力は飛躍的に向上。再侵攻に備えたデロス同盟の盟主となったのですが、スパルタをはじめとした他のポリスは大した恩恵に与れず。スパルタとアテナイの間に決定的な亀裂が生まれました。

 

ひとまず今はこれまで更新した記事の変遷図まで載せています。今後も新たに記事ができるたびにこの記事も更新していく予定です。

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歴ブロ
歴史好きが高じて、日本史・世界史を社会人になってから始めました。史実を調べるのも好きですが、漫画・ゲーム・小説も楽しんでます。いずれ歴史能力検定を受ける予定。どうぞよろしくお願いします。