スペイン反乱とは?ナポレオン支配への抵抗とゴヤの絵画をわかりやすく解説
ナポレオン=ボナパルトは、フランス革命後の混乱を収め、ナポレオン法典を整備し、ヨーロッパ各地に大きな影響を与えた人物です。ナポレオン法典などを通じて、法の下の平等や封建的特権の廃止といったフランス革命の成果を、ヨーロッパ各地に広げた面がありました。
しかし、ナポレオンの支配は、すべての地域で歓迎されたわけではありません。フランスの支配を受けた側から見れば、ナポレオンは改革者であると同時に、外国からやって来た支配者でもありました。
そのナポレオンを歓迎しなかった代表例の一つがスペインです。現地では反フランスの動きが広がり、やがて大きな戦争へと発展していきました。
今回は、ナポレオン支配に反発したスペイン反乱と、画家ゴヤが描いた戦争の現実について見ていきます。
ナポレオン支配はなぜスペインに及んだのか
ナポレオンがスペインと深く関わるようになったのは、イギリスとの対立が無関係ではありません。
ナポレオンはイギリスを軍事的に倒すのが難しいと考え、経済面から追い詰めようとします。これが大陸封鎖令です。ヨーロッパ諸国にイギリスとの貿易をやめさせ、イギリス経済に打撃を与えようとした政策です。
この中で問題となったのが、ポルトガルでした。ポルトガルはイギリスと関係が深く、ナポレオンの思うようには動きません。

※図中の国旗は理解しやすさを優先して現在のものを使用しています。
ナポレオン戦争期のポルトガルの国旗は現在とは異なります。
英葡同盟は、1373年の条約に始まる現在も有効な世界最古の同盟関係とされます。
スペインと同君連合の頃に関係性は弱体化しましたが、17世紀半ばにスペインからの独立維持と通商を軸に再接近。18世紀のポルトガルはイギリス依存が強くなっているような時期でした。
そこでフランス軍は、ポルトガルへ向かうためにスペインへ進軍。ところが、フランス軍はポルトガルだけでなく、スペイン国内にも深く入り込むようになりました。
当時のスペイン王室では、国王カルロス4世と王妃マリア=ルイサ、そして寵臣ゴドイをめぐる政治的な混乱も深まっていました。ゴドイは王妃の強い信任を受けて急速に出世した人物で、王妃との関係についても当時からさまざまな噂がありました。こうした王室内部の不安定さは、ナポレオンがスペインに介入する口実を与えることになります。
最終的にナポレオンは、自分の兄ジョゼフ=ボナパルトをスペイン王位につけました。
スペインの人々から見れば外国の支配者によって自分たちの王権が奪われたように見えたため、フランス支配への反発が強まっていくことになります。
スペイン反乱と半島戦争
1808年5月2日、マドリードで反フランスの蜂起が起こりました。

これは、フランス軍に対するスペイン民衆の抵抗でした。フランス軍はこの蜂起を厳しく弾圧し、多くの人々が処刑されます。
この反乱は、やがてスペイン全土へ広がり、長期的な戦争へと発展します。教科書ではスペイン反乱として扱うことが多いですが、スペインでは独立戦争という位置づけにある戦いです。また、この戦争はスペイン以外にポルトガルも含むイベリア半島での戦争であったため半島戦争とも呼ばれます。
この戦争は正規軍同士の戦いだけではありませんでした。スペインでは、民衆による小規模な抵抗…いわゆるゲリラ戦が各地で続き、フランス軍にとって大きな負担となりました。
「ゲリラ」という言葉は、スペイン語の「小さな戦争」を意味する言葉に由来します。
大軍を動かして都市や街道を押さえても、各地で抵抗が続くため、フランス軍は兵力や物資を消耗していきます。
さらに、イギリスもウェリントンを中心にイベリア半島へ介入しました。スペイン・ポルトガル・イギリスの抵抗は、ナポレオン軍を苦しめ、やがてナポレオンの没落にも影響を与えていきます。
ゴヤが描いた戦争の現実
このスペイン反乱を語るうえで重要な人物が、スペインの画家フランシスコ=デ=ゴヤです。
ゴヤは、スペイン王室の画家としても活動した人物ですが、ナポレオン戦争期のスペインで起きた暴力や苦しみを、絵画や版画に残しました。代表的な作品が、『1808年5月3日、マドリード』です。上で紹介した『1808年5月2日、マドリード』と対になる作品になります。
この作品は戦争の中で命を奪われる民衆の恐怖や絶望を描いた作品で、フランス軍によって処刑されるスペインの民衆が描かれています。
画面の右側には、銃を構えたフランス兵が整列しています。一方、左側には、これから撃たれようとする人々が描かれています。中央の白い服の男性は両手を広げて立っており、その姿は印象的で強く目を引きます。
また、ゴヤは『戦争の惨禍』という版画集でも戦争の残酷さを表しました。
画像の利用条件があるため直接掲載しませんが、文化遺産オンラインで『戦争の惨禍』を調べると、数多くの胸が締め付けられるような作品の数々が出てきます。
フランス軍の暴力だけでなく、戦争そのものが人々を傷つける現実を描いたゴヤの作品は、支配された側や巻き込まれた民衆の視点から考える手がかりになります。
スペイン反乱が示したもの
スペイン反乱はナポレオン支配の一面をよく示していました。
ナポレオンはフランス革命後の制度や考え方をヨーロッパ各地に広げましたが、支配された地域の人々にとって必ずしも「解放」とは受け止められませんでした。
外国の軍隊が入って自分たちの国王や政治に介入し、侵攻してくる総大将の身内が王位につくような状況になれば、反発が起きるのは自然なことでした。
ここには、のちのナショナリズムにつながる要素も見られます。
ナショナリズムとは、共通の歴史や文化、言語を持つ人々が、自分たちのまとまりを意識し、自分たちの国家や政治を求める考え方です。
ナポレオン戦争はフランスの勢力拡大であると同時に、それに抵抗する人々の意識を強める出来事でもあったのです。

