歴史コラム

【歴史の裏話】うっかりが歴史を変えた!?凡ミスから始まった世界の大事件

歴ブロ

歴史の転換点と聞くと、英雄の活躍や壮大な戦争、大国間の争いが思い浮かびますよね。けれど、実は「たった一つのうっかりミス」が世界の流れを変えてしまったケースもあるんです。

今回はお酒の飲みすぎ、鍵のかけ忘れ、道を間違えたことが引き金となった歴史的大事件をご紹介します。思わず「それが原因!?」と驚くようなエピソードばかりです。

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王位継承争いを招いた酔っ払い事故
ホワイトシップの遭難(12世紀・イングランド)

12世紀、イングランド王ヘンリ1世の息子・ウィリアムが「ホワイトシップ号」に乗ってフランスから帰国しようとしたときのことです。

乗船前に貴族や乗組員たちと酒盛りをし、酔っぱらったまま出港。ウィリアムが「父王の船に追いつけ!」と命じた結果、船は岩礁に激突して沈没します。

ウィリアムは一度救命ボートに乗ったものの、姉を助けに戻ろうとして溺死。これにより、イングランド王家に嫡子がいなくなってしまいました。ヘンリ1世は娘マティルダを後継者に据えますが、反対勢力が登場して王位をめぐる争いが勃発。「無政府時代」が20年近く続くことになります。

後年、「女性による統治は不安定だ」とする見方が広まり、ヘンリ8世の宗教改革=イギリス国教会の成立にも、遠因としてこの混乱の影響があったとも言われています。

鍵のかけ忘れで帝国崩壊!?
コンスタンティノープル陥落(15世紀・ビザンツ帝国)

長寿国家として知られたビザンツ帝国。その首都コンスタンティノープルは堅牢な二重の城壁で守られていました。

しかし1453年、オスマン帝国のメフメト2世が最新兵器と大胆な戦術で攻撃を仕掛け、ついに城門の一部が締め忘れられていたことからオスマン兵が侵入。

ビザンツ帝国は千年の歴史に幕を下ろします。

もちろん、これは「鍵のかけ忘れ」による単純なミスというより、長年の内紛や弱体化が背景にあります。ただ、「最後のダメ押し」となったのがそのミスであったという説が今も語り継がれているのです。

道を間違えただけで世界大戦勃発!?
サラエボ事件(20世紀・オーストリア=ハンガリー帝国

1914年、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナント夫妻がボスニアのサラエボで暗殺された事件は、第一次世界大戦のきっかけとなりました。

実はこの事件、当初の暗殺未遂の後、夫妻が予定を変更して病院に向かった道中で発生しています。運転手が道を間違え、方向転換している間に、偶然近くにいた実行犯に発見され、銃撃されたのです。

「もし道を間違えていなければ」「もしそのまま帰っていれば」…と考えると、世界の歴史が違っていたかもしれません。

歴史は“うっかり”で動くこともある

今回紹介した3つのエピソードは、いずれも「たった一つの判断ミスや油断」が取り返しのつかない結果を招いたものです。私たちの日常ではそこまで大ごとになることは少ないですが、それでも「まぁいいか」と放置した小さなことが、思わぬトラブルにつながることも。

歴史から学べるのは、英雄の知略や戦争の教訓だけではありません。「気を抜かない」「慎重に行動する」ことの大切さもまた、過去の出来事が教えてくれているのです。

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歴ブロ・歴ぴよ
歴ブロ・歴ぴよ
歴史好きが高じて日本史・世界史を社会人になってから勉強し始めました。基本的には、自分たちが理解しやすいようにまとめてあります。 日本史を主に歴ぴよが、世界史は歴ぶろが担当し2人体制で運営しています。史実を調べるだけじゃなく、漫画・ゲーム・小説も楽しんでます。 いつか歴史能力検定を受けたいな。 どうぞよろしくお願いします。
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